スタジアムでサッカー観戦

昨日は久しぶりに、
Jリーグの試合を見てきました、

「ヴィッセル神戸 vs セレッソ大阪」

テレビでは視聴率が取れず、
人気低迷と言われて久しいJリーグ。

けれど、スタジアムに足を運ぶ人はたくさんいて、
確かな熱気を感じられました。

~脱力の極意を求めて~ 練気武颯拳&東洋医学でFreeな心と身体♪-football1

ヴィッセル神戸のホームスタジアムは、
2002年のワールドカップ開催に合わせて、
大規模な改装が行われました。

~脱力の極意を求めて~ 練気武颯拳&東洋医学でFreeな心と身体♪-football2

私の座った席は、
バックスタンド側の前から11列目の席でした。

サッカー専用スタジアムだけあって、
グラウンドとの距離が近い。

迫力あるプレーを楽しむことが出来るのです。

~脱力の極意を求めて~ 練気武颯拳&東洋医学でFreeな心と身体♪-football3

この写真では前の席に人がいませんが、
後から小学生の男の子とお母さんの二人連れが来ました。

男の子とは1点目が入った時にハイタッチをしてから、
その後色々と話しながら観戦したのです。

こういう出会いも、
スタジアムに足を運ぶ楽しみの一つですよね。

もう一つスタジアムで楽しいのが、
サポーターの応援です。

組織化されたサポーターの応援は、
それぞれのチームの特色が良く出ているように思えました。

こちらがヴィッセル神戸のサポーター。

~脱力の極意を求めて~ 練気武颯拳&東洋医学でFreeな心と身体♪-football4

こっちはセレッソ大阪サポーター。

~脱力の極意を求めて~ 練気武颯拳&東洋医学でFreeな心と身体♪-football5

男の子に教えてもらったのですが、
サポーターの席は「サポーターズシート」というらしいです。

試合よりも雰囲気を楽しみたければ、
こちらの方が良いかもしれませんね。

試合自体はヴィッセル神戸が先に2点を取るも、
1点を返されて2-1で前半を折り返す。

ハーフタイムで男の子が、

「今日は勝つ予感がする」

と言って喜んでいました。

3連敗中だったので、
私は反対の予感しかしなかったのですがw

それでも後半途中にセレッソ大阪の選手が一人、
レッドカードで退場になると、
さすがに今日は勝ったかなと思いました。

ところが。

10人になった相手に逆に押し込まれて、
2点を取られての逆転負け。

最悪の部類に入る負け方でした。

試合前のヴィッセルサポーターの熱気は、
試合後にはどこにも見当たりません。

男の子もあまりしゃべらなくなってしまいましたw

私自身はどうかと言えば、
たしかに試合に負けたのは残念でした。

けれども、
久しぶりにスタジアムで観戦したこと自体が面白く、
十分に満足できました。

また近いうちに観に行きたいと思います。

次も面白い出会いがあることを期待して。

一番好きなフェルメール作品

今回の神戸市立博物館で行われている、

「マウリッツハイス美術館展」の目玉は、

「真珠の耳飾りの少女」ですが、

個人的に最も印象に残っているフェルメールの絵は、

「窓辺で手紙を読む女」

というタイトルのものでした。

兵庫県立美術館での展示だったと思います。

それをきっかけにして、
近くで行われている絵画の展覧会に足を運ぶようになりました。

そういう意味では、

「絵画鑑賞」

という趣味を持てたのは、
フェルメールのおかげだと言えます。

この時には確か神戸新聞だったと思うのですが、
タイアップ企画をしていました。

「この女性が読んでいる手紙の内容を、

200字以内で書いてください」

この絵の写真に惹かれていた私は、
恥ずかしい気持ちを振り払って企画に応募したのです。

書いた内容を正確には覚えていませんが、
絵の描かれた年代を調べてから書いたと思います。

当時のオランダは、
イギリスと戦争をしていました。

そこで、

「恋人がこれから戦争(海戦)に行く」

というありきたりな設定で話を作ったことを、
今、こうやって書きながら思い出しましたw

そんなこともあって、
いまだに私が一番好きなフェルメールの絵は、

「窓辺で手紙を読む女」

なのです。

ただウィキペディアを調べてみると、
残念な情報を発見してしまいました。

『傾いた鉢からこぼれるこれらの果物は堕罪や許されざる愛を暗示し、

開かれた窓は外界への憧れを暗示する。

X線写真によって、背景の壁には当初キューピッドの絵が掛けられ、

画面右手前にはワイングラスが描かれていたが、

後に塗りつぶされたことがわかっている。

キューピッドやワイングラスは、

画中の女性が読む手紙が不倫相手からのものであることをさらに強く暗示する。』

「知らぬが仏」

とはこのことですねw

真珠の耳飾りの少女

神戸市立博物館で明日から開催される、

「マウリッツハイス美術館展」

の内覧会に行ってきました。

~脱力の極意を求めて~ 練気武颯拳&東洋医学でFreeな心と身体♪-mimikazari2

今回の展示の目玉はなんといっても、

「真珠の耳飾りの少女」

です。

フェルメールの37点しかない作品の中でも、
最も有名なものの一つですよね。

大きな瞳と、
同じくらいに大きな真珠の耳飾り。

頭に布を巻いているため、
髪の毛は見えません。

この青い布は、

「ウルトラマリン」

という青の顔料で描かれています。

その原材料は「ラピスラズリ」という宝石。

そう思ってあらためて見直してみると、
より透明感が増したように感じられます。

個人的には、

「真珠の耳飾りの少女」

という題名よりも、

「碧いターバンの少女」

の方がイイのではないかとさえ思うくらい、
この碧いターバンと白い肌のコントラストが印象的です。

この絵の宣伝効果はやはり大きく、
内覧会は大盛況。

本当に多くの方が来ていました。
(この写真を撮った時にはほとんどの方が帰っていましたがw)

~脱力の極意を求めて~ 練気武颯拳&東洋医学でFreeな心と身体♪-mimikazari3

もちろん

「真珠の耳飾りの少女」

だけではありません。

他にも17世紀オランダの黄金時代の作品が多数あり、
もう一度ゆっくりと見に行こうと思っています。

その中でも特に印象に残ったものとして、
以下の作品がありました。

・ルーベンス「聖母被昇天(下絵)」

・レンブラント「自画像」

・ヴィレム・ヘーダ「ワイングラスと懐中時計のある静物」

・ピーテル・デ・ホーホ「デルフトの中庭」

この中の「聖母被昇天」という作品の完成版は、

「フランダースの犬」

でネロが祈りを捧げていた、

「アントウェルペン大聖堂のマリア」

だと音声ガイドで言っていました。

ちなみにこの音声ガイドで案内してくれるのが、

「武井咲」

「安井邦彦」

の2人。

お金かけてますねw

元ゲーマーの私としては失礼ながら、
「武井咲」さんよりも「安井邦彦」さんの方が嬉しかったり。

それはともかく。

ガイドだけではなく図録も豪華なつくりで、
今回の展示にかける意気込みを感じられます。

~脱力の極意を求めて~ 練気武颯拳&東洋医学でFreeな心と身体♪-mimikazari1

神戸市立博物館「マウリッツハイス美術館展」は、
来年の1月6日まで開催しています。

是非、

「真珠の耳飾りの少女」

に会いに行ってください!!

肩のインナーマッスルを緩める

脱力卓球チャレンジ16日目。

卓球を始めてみて感じたことは、

「肩周りが固くなりやすいスポーツ」

だということ。

もちろん上手な人を見ると、
肩の力を抜いてラケットを振っています。

でも、私が見る限り、
そうでない人の方が圧倒的に多い。

やはりあのボールの「軽さ」があるため、
コートに入れるためには微妙な力加減のコントロールが必要です。

さらに様々な回転がかかっているボールを返すには、
ラケットの角度を合わせることも重要。

そういった微妙なコントロールで疲れやすいところが、

「ローテータ・カフ」

と呼ばれるところです。

日本語では

「回旋筋腱板」

というこのインナーマッスル群は、

以下の4つの筋から成り立っています。

1.棘上筋

2.棘下筋

3.小円筋

4.肩甲下筋

これらは肩関節の内外旋及び外転に使われます。

他に同様の働きをする大きな筋肉もありますが、
それらは大きな動きを生み出すのに対して、

「固定する」

という場合にはこのローテータ・カフが主に使われるのです。

つまり卓球の動きのような微細なコントロールには、
ローテータ・カフの働きが不可欠なのです。

だから私のような初心者は特に、

「肩が固まりやすいスポーツ」

だと感じてしまいます。

そしてそれは初心者に限りません。

整骨院で働いていた時に来られていた患者さんにも、
卓球をされていて肩周りを痛めた方が何人かいました。

それだけローテータ・カフへの負担が大きいのでしょう。

そしてここは、
一度痛めてしまうと治るのに時間がかかります。

阪神タイガースの金本選手が手術をしたことでも有名ですが、
血の巡りが良い場所ではないのです。

したがって、ローテータ・カフのケアをすることが、
卓球におけるコンディショニングとして重要になります。

痛みや動きにくさがある場合は専門家の門をたたいてほしいのですが、
そうでない場合には自分で出来る緩め方があると便利ですよね。

ストレッチは腕を捻じりながら引っ張るのが有効なのですが、
自分でやると力加減を間違って逆に痛める可能性もあります。

そこで、東洋医学的にツボを使ったケアのやり方を紹介します。

ツボを使った治療のことを

「経絡治療」

といいます。

この治療の便利なところは、

「遠隔治療」

が出来るということ。

それは、どこか調子が悪い場所があるにもかかわらず、
何らかの理由で直接治療できない場合に、
調子が悪い場所と同じ経絡上の他のツボを使うやり方。

例えば肩が凝った時に、
肘のツボを使って治療したりするのです。

ローテータ・カフのある場所を通る主な経絡は、

「小腸経」

という経絡です。

もちろん直接そこに鍼を打つのが一番効きます。

が、もちろん自分で打つことは出来ないですよね。

というわけで、

「遠隔治療」

に近いことをしてみましょう。

小腸経は手の小指の外側から腕の外側へと通っています。

ですから、

「小指の外側~手刀部~手首の小指側~前腕の小指側」

を場所を変えながら軽く押してみてください。

ツボかどうかなんて細かいことを考える必要はありません。

そのなかで気持ちいい場所が見つかれば、
それがあなたのツボです。

決してギュウギュウ押さずに、
優しく押してあげてください。

すぐに効果がでるようなものではありませんが、
習慣にすることで肩の後ろが楽になりますよ♪

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高倉健「旅の途中で」

先日、といっても2週間以上前の話。

NHKの「プロフェッショナル」という番組で、
高倉健さんが特集されていた。

内容は、

「あなたへ」

という映画撮影の現場で彼を追うもの。

そこでの彼の立居振舞(彼は撮影中ほぼ立ちっぱなし)や、
映画俳優という仕事に対する考え方に惹かれるものがあり、

「彼の何がこんなにも人を惹き付けるのか」

が知りたくて、
こんな本を読んでみた。

プロローグに書かれているのは、
撮影中に出会った女の子から、

「HappyBirthdayの歌とメッセージが入ったテープ」

をもらい、

「家族愛が無いこと」

「人に分ける幸せの有無」

について考えたこと。

私は最初から彼の世界に引き込まれました。

「不器用」

「寡黙」

という彼の役柄からくるイメージだけではない、

「人情」

「真心を込めたやりとり」

が印象に残ります。

そんな中でも特に心に残った話を、
幾つか紹介したいと思います。

彼は日本刀が好きで、
展示会に行くこともあるそうです。

そんな彼が惹かれた刀が、

「大包平」

という名刀。

「童子切安綱」

と並んで

「日本刀の東西の両横綱」

と称される一品だそうです。

彼は初めて見たときにはそのことを知らなかったようですが、

「大包平」

がもっている

「たたずまい」

に惹かれたといいます。

それは、

「命を賭け、心を込めたものだけが纏うもの」

だと感じたと言っています。

「たたずまい」

たしかに一朝一夕で身に付くものではありません。

けれども、

「そこに表れるものがすべて」

だという気もします。

武術においても、

「向き合った時に感じるもの」

が一番大切なのでしょう。

「何をするのか」

ではなく、

「誰がやるのか」

「どうやるか」

ではなく、

「どう在るか」

行為そのものではなく、
その「主体」の在り方がとわれているのです。

そういう意味において彼は徹底していると言えます。

「映画俳優はプライベートを見せるべきでない」

という彼の言葉は、

「映画俳優という仕事をする」

のではなく、

「映画俳優である」

「映画俳優として生きる」

ことを説いた発言なのでしょう。

そこに私(達)は魅力を感じるのではないでしょうか。

主体としての

「高倉健」

という人格まるごと、

「映画俳優」

という生き方に向き合っている。

そんな彼の「在り方」に、

「人としての美しさ」

をどうしようもなく感じてしまう。

それが、

「高倉健」

という人に惹かれた理由だと、
私は考えています。

なお、ここでは書ききれない素敵な話が、
作中にはたくさんあります。

印象に残っているキーワードを幾つか紹介しますね。

・パリで飲む「鉄観音茶」

・「役に近づいていく」

・「どんなにたくさん喋っても、伝わらないものは伝わらない」

・「一言に思いを凝縮する」

・「寒青」

・雨を楽しむ「番傘」「蛇の目」

・「目を閉じたときに浮かぶ大切な人がいるか?」

・「自由を求めることの難しさと哀しさ」

・「旅にはそれぞれの風、風にはそれぞれの香り」

・「暖炉の前で寝袋で寝るのが好き」

・「一日に1回、いや、一週間に1回でも、我を忘れて立ち上がって拍手したい」

・「カチンコ一つに心を込める」

・「希望を持たない魂なんて、まるで救いようがない」

・「見事撃沈したら、ホタルになって帰ってくるから」

・「心をもらう」

・「人生は巡礼である」

・「何をなしたか」ではなく「何をなそうとしたか」

本当に素敵な方で、
本当に素敵な本です。

是非、読んでみてください。

旅の途中で

どうやってラケットを返すのか?

脱力卓球チャレンジ15日目。

今日は残念ながらサークルに参加できなかったので、
修練前のボールリフティングだけでした。

ただ昨日のIさんの指導で、

「フォアとバックの切り替え」

の難しさを理解したので、

「表裏交互リフティング」

にチャレンジしました。

結果はヒドイもので、
四方八方にボールが飛んでいきますw

フォアとバックの切り替えをすると、
ラケット面が安定しないのですね。

それに、返す動きの難しさもあります。

とっさに手首で返してしまうと、

「脱力卓球チャレンジ」

ではなくなってしまいます。

やはり、

「肩・胸の脱力」

でラケットを返したい。

「ラケットを使った脱力修練」

について、
考える必要がありますね。

「脱力卓球チャレンジ15日目 成果」
・ボールリフティング2000回
・表裏交互リフティングを試した

「脱力卓球チャレンジ16日目への課題」
・より確実にフォア・バック両面で、
そして左右の手でキャッチできるように練習する
・ボールリフティング計2000回
・動画を観ながらの素振り練習(フォアもバックも)

「ヘルニア」と「カビの生えたパン」

いつも長い文章を読んでくれて、
本当にありがとう。

今日は、

「ヘルニアとカビの共通点」

について書きます。

一週間くらい前でしょうか、
ある人がギックリ腰になったと聞きました。

病院でMRI検査をすると、

「腰椎椎間板ヘルニア」

だと言われたそうです。

その人がヘルニアと聞いてどう思ったかは分かりませんが、
普通は多分、こう思うのではないでしょうか。

「そうか、ヘルニアだから痛いのか」と。

確かに教科書的には、

「椎間板ヘルニアによる神経根圧迫により痛みが生じる」

とかいてあります。

「神経が押さえつけられているから痛い」

イメージ的には確かに分かりやすい気がする。

でも一方で、ウィキペディアの神経根(後根)の説明には、
このような一文があります。

「脊髄神経の後根が障害されると、体の一部分の体性感覚が麻痺する。」

「痛み」と「麻痺」。

「ヘルニア」が原因で起こりうるとしたら、
本来は「痛み」ではなく「麻痺」のはずなのです。

これは似ているように感じるかもしれませんが、

「全然違います」。

なぜかというと、

「痛み」は「神経機能が正常に働いた結果」であり、

「麻痺」は「神経機能が障害された結果」だからです。

少し面倒くさく感じるかもしれませんが、
神経の仕組みについて簡単に説明します。

まずは下の画像を見てください。
(クリックすると拡大されます)

~脱力の極意を求めて~ 練気武颯拳&東洋医学でFreeな心と身体♪-神経構造1

一般的な神経の構造はこのようなものです。

神経には

「遠心性(運動神経)」

「求心性(感覚神経)」

の2種類があって、
それぞれで情報伝達の「方向」が逆になります。

ここでは「痛み」と「(感覚)麻痺」について説明したいので、
「感覚神経」について書いていきます。

神経はたとえるなら電化製品のコードのようなものです。

コンセントからプラグを通して電気が伝わり、
製品が動くというわけです。

感覚神経も基本的には同じ仕組みです。

感覚神経は、図の「神経終末」のところが、
様々な刺激を受け取る「受容器」になっています。

この「受容器」は様々な種類のものがあり、
それぞれその目的に応じた刺激にしか反応しません。

物理的な刺激、熱による刺激、
化学物質による刺激、刺激の早いものや遅いもの。

それぞれに受け止めるための「受容器」があって、
それに応じた刺激が加わると「電位」を発生するのです。

要は「電流を流す」ということ。

そして図の「軸索」を電流が通って細胞体に伝わり、
そこからさらに脊髄を通って脳に「電流」が伝わります。

脳はその「電流」を受け止めて、
(正確には電流を受け取った神経終末が出す伝達物質)
その情報を「痛み」として感じるのです。

~脱力の極意を求めて~ 練気武颯拳&東洋医学でFreeな心と身体♪-神経構造2

そういう意味において、
神経は電化製品のコードと同じ役割なのです。

電化製品のコードは、
先のプラグをコンセントに差すことでしか電流は流れませんよね?

同じように感覚神経も、
先の受容器に特定の刺激が加わらない限り電流は流れないのです。

そして「痛み」を感じるということは、
受容器に刺激が入って脳まで電流が伝わったということ。

つまり、

「神経機能が正常に働いた結果」

なのです。

そこでもう一度ヘルニアの理屈を考えてみてください。

「神経根圧迫により痛みを生じる」

本当にそうでしょうか?

神経というものは、
押さえつけられても痛くはありません。

なぜなら「コード」だから。

電化製品のコードを押さえつけても、
電流は流れませんよね?

同じように、
神経を押さえつけても電流は流れません。

もうメチャクチャな力で押さえつけたら、
もしかしたら電流が「流れない」ということは、
理屈の上では考えられます。

でもその場合、
症状としてあらわれるのは

「麻痺」

です。

「神経機能が障害された結果」

として。

ウィキペディアの一文、

「脊髄神経の後根が障害されると、体の一部分の体性感覚が麻痺する。」

ということになるのです。

もしかするとあなたは医学的知識が豊富で、

「神経根はコードではなくタコ足配線の部分だ」

と言われるかもしれません。

確かに神経根はコードそのものだけではなく、

「神経終末」

の部分を含んでいます。

感覚神経の神経細胞が電流を受け取った結果として、
中枢神経(脊髄)の受容器に対して神経伝達物質を出すところなのです。

しかしその神経伝達物質は、
感覚神経が受け取った電流に応じて出されるもの。

神経根が押さえつけられたから出るものではありません。

百歩譲って、

「神経終末が押しつぶされて伝達物質が押し出された」

と仮定しましょう。

その場合感じるのは、

「痛み」

だけではありません。

「熱い」

「冷たい」

「触られている」

「筋肉の緊張と弛緩」

様々なものがあるはずなのです。

このような場合、
脳はどのように感じるのでしょう。

これは推論でしかありません

「教える」と「教わる」

脱力卓球チャレンジ14日目。

今日はいつも修練に来てくれているIさんに、
卓球を教えてもらいました。

場所は土曜日と同じメトロ神戸。

普段は、

「こうやって力を抜いたらいいですよ」

なんて偉そうに言っているのですが、
今日は教わることばかりでした。

でも、これってとても新鮮で楽しいのです。

一方的に教えるのでも、
一方的に教わるのでもない。

自分の得意なコトと、
相手の得意なコト。

それぞれを出し合って、
お互いの役に立つ。

人間関係の基本的な姿ですよね。

具体的にはバックの打ち方と、
「ツッツキ」を教えてもらいました。

バックもツッツキも、
最初は力加減が全く分かりません。

それでも教えてもらいながら、
あちこち飛んでいくボールを拾ってもらいながら、
なんとか台に入れられるようになってきました。

残念ながら、

「脱力卓球」

では全くありませんでしたがw

それでも、上手くいってもいかなくても、

「新しいことにチャレンジする」

というのはやっぱり楽しいです。

「今までの自分ではやらなかっただろうことをやる」

というスタンスは今後も大切にしていきたいと思います。

「脱力卓球チャレンジ14日目 成果」
・メトロ神戸でIさんと練習
・バック、ツッツキを教えてもらえた

「脱力卓球チャレンジ15日目への課題」
・より確実にフォア・バック両面で、
そして左右の手でキャッチできるように練習する
・ボールリフティング計2000回
・吊るしボール打ち練習
・動画を観ながらの素振り練習(フォアもバックも)

浅い呼吸、深い呼吸

毎月第4日曜日は、
武颯塾大阪支部集中修練の日。

東京から茂呂師範にお越し頂いて、
朝10時から夕方5時まで指導してもらいます。

今回の集中修練で印象に残ったのは、
古伝陳式太極拳の修練。

普段はこの4月から始めた方に合わせて、
套路の形を覚える修練がメインでやっています。

ただ今回は都合が悪く参加できない方が多かったため、
比較的経験の長いメンバーがほとんどでした。

それもあってか、

「呼吸」

といういつもの修練とは少し違った角度から指導いただきました。

もちろん普段の修練においても、
準備功などで呼吸に意識を向けるようには言われます。

ただ今回は、
呼吸そのものに焦点をあてた内容。

「呼吸が浅くなっている」

とは健康関係の書籍などでもよく言われていますが、

「深い呼吸がどういったものか」

についてちゃんと説明されていることはほとんどありません。

「緊張すると呼吸は浅くなり、
リラックスすると深くなる」

とわかってはいても、
そもそも本当の「リラックス」を認識できているのかどうかは、
はなはだ疑問です。

そこで自分たちの現状において、
リラックスしたときの呼吸がどのようなものかを知る修練を行ったのです。

(師範から言われたわけではありません。
私の解釈です。念のため)

まずはメンバーそれぞれの、
1分間での呼吸の回数を数えます。

「吸って吐いて」で1回として数えると、
とくに何も意識しない状態では、

少ない人で8回、
多い人で17回でした。

次に片鼻での呼吸法を1分間続け、
もう一度回数を数える。

今度は身体に注意を向けて、

「身体が本当にやりたがっているように呼吸してみる」

という条件付きです。

すると、10回を超える人はいなくなりました。

少ない人で3回、
多い人で9回となりました。

さらにもう一つ呼吸法を行った後、
3回目の計測です。

結果は少ない人で1.5回、
多い人でも7回。

リラックスすればするほど、
呼吸の回数は減っていきます。

師範がおっしゃるには、

「本当にリラックスすれば、
0.5回/分くらいにはなる」

とのことでした。

そこまではいきませんでしたが、
私自身の感覚で言えば、

今まで「深呼吸」だと思っていたものは、
じつは「浅呼吸」でしかないという感じ。

リラックスする程に、
呼吸をする部位が下がっていくのを感じるのです。

最後の計測においては、
臍の下の方で呼吸をしていました。

胸や腹の上部は全く使う必要がなかったのです。

変な言い方になりますが、

「呼吸をしている感じがしない」

というぐらいの感覚です。

ともすれば息が止まっているかと思ってしまうくらい、
何もしない。

でもよくよく注意をむけてみると、
細い呼吸が確かに身体を通っている。

この感じは「勁力」が身体を通る感じと、
非常に似ています。

呼吸の方がより細く感じますが、
質としてはとても近しい。

だからでしょうか、
この「呼吸」を感じられる状態でいると、
「勁力」も普段より感じやすいのです。

その感覚を維持したまま套路を行うのが、
今回の修練のまとめ。

「動きに呼吸を合わせる」

のではなく、

「呼吸に動きを合わせる」

このように修練することで初めて、
「健康面」においても太極拳本来の価値が発揮されるのです。

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現在のパターンから抜け出す

先日参加してきた武颯塾本部道場での合宿修練。

そこでは普段大阪で組むことが出来ない、
師範代クラスの方と修練することが出来ました。

おかげでいくつもの学びがあったのですが、
その中でも大きなものとして、

「普段の修練が雑になっていた」

という気付きが挙げられます。

これがどういうことかを書く前に、
武颯拳の修練について簡単に説明します。

武颯拳の修練はまず師範に見本を見せて頂き、
それを見取って修練生同士で掛け合うというものです。

その時に最も重要になるのが、

「脱力」

であることは何度も書いてきました。

そして脱力して重力に逆らわない状態のことを、

「養体」

と呼んでいます。

つまり武颯拳における技の修練とは、

「いかにして養体のまま動けるか」

という修練だということが出来ます。

で、ここからが本題なのですが、
この「養体」の完成度によって技の出来不出来が変わります。

つまり、技を掛ける相手と比較して「養体」が出来ていれば、
多少師範の見せてくれた動きと違っていても技が掛かってしまうのです。

特に普段から修練している人が相手だと、

「どうやったら掛かりやすいか」

ということを感覚的に憶えてしまっている。

すると無意識のうちに、

「現在の延長線上の動き」

で技を掛けてしまうのです。

しかしこれでは、
師範の動きを見取ったことにはならない。

「現在の延長線上にない動き」

の修練にはなっていないのです。

そのことは頭では理解しているつもりでしたが、
今回の合宿で上手の人と組み、

「技が掛からない」

という状況になって改めて思い知らされたのです。

「現在の延長線上にない動き」

を修練しているはずなのにいつの間にか、

「パターン化された動き」

をしてしまっているのです。

これではいくら修練に参加しても、
上達はおぼつかない。

なぜなら本来的な意味での修練になっていないから。

「現在のパターンから抜け出す」

という目的から外れたことをしてしまっているから。

中途半端に体裁が整ってしまうことで、
逆に本質を見失ってしまいがちなのです。

これは仕事や勉強でも心当たりがあるのではないでしょうか。

ある程度出来ている、形になっていることほど、
それを改善しようという意欲は湧きにくい。

誰も平地に波瀾を起こしたくはないのです。

だからこそ今回の合宿のような、

「出来ない」

という経験が大切になってくる。

普通に考えればマイナスのイメージしかありませんが、

「現在のパターンから抜け出す」

という修練にとってはむしろ、
目的に近づくための必要条件でさえあるのです。

ミスや失敗、思い通りにいかないことは、
誰にでもあると思います。

でもそれは、
新しい世界への第一歩なのではないでしょうか。

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