感覚の嘘

 

こんにちは、ワタルです。

今回のテーマは「感覚の嘘」。

自分の主観的な感覚を、客観的な事実に近づけていく。

これは特に武術の修練に限らず、

何かに取り組み上達する為に必要なこと。

というよりも、このこと自体が上達なのだ。

最近の修練において、強くそう感じるのです。

 

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武術やスポーツなどの身体運動においては、

自分の感覚が運動力学という物理法則に近ければ近いほど、

そのパフォーマンスは上がる。

しかし私のようにもともと運動が得意ではない人は、

感覚と物理法則との距離が大きく離れている。

その距離をハッキリと感じるのが、

自分のカラダに対しての「重さ」の感覚です。

例えば相手にカラダを持ち上げらるという修練において。

この修練の目的は、自分のカラダが簡単には持ち上げられない状態になること。

単純に言えば、重たいカラダになる修練だと言える。

もちろん自分の体重を自由に変えられるわけではないので、

正確には「相手が重たいと感じるカラダになる」ことが目的。

先に言うと、私自身はこの修練が苦手です。

相手が重たいと感じるようにするために、

どうしても「自分が重たいと感じる」ことをしてしまう。

すると、持ち上げる方としては楽に上げることが出来る。

そんなことを学習もせずに延々と繰り返してきたのだけれど、

最近ようやく理解しました。

「自分が感じる重さと相手が感じる重さとは違う。」

自分の腰が重いと感じる時、相手は私の腰を軽いと感じている。

逆に自分の腰が軽く感じるように力を抜くと、

相手は私の腰を重いと感じる。

そう、「感覚は嘘をつく」のです。

この、自分の感覚と相手が感じるものとのギャップは、

すなわち感覚と物理法則との距離。

そしてこの距離を縮めていくこと、

つまり自分の感覚に対する認識を変えていくことが、

本当の意味での上達だと言えるのです。

そしてこの「感覚の嘘」は下向きの力である「重さ」だけでなく、

あらゆる方向への「力」全般に存在します。

例えば歩いている時の足の裏。

普通はギュッと地面を押している時に、

前へ進む力が出ていると思いますよね?

でも実際にはギュッとなった足裏が、

徐々に軽くなって地面から離れていく過程で力が出る。

このような力に対する感覚の嘘を暴いていくこと。

それが、脱力修練なのです。

 

ちなみに流行りの健康法にはとかく、

一人でできることを謳ったものが多いですよね。

けれども自分の感覚がここまで当てにならないものだから、

やはり修練には相手が必要なのです。

 

【訂正】12/14 武颯塾大阪支部セミナーのご案内

 

12月14日のセミナーについて、開催場所を変更しました。

参加予定の方はご確認をお願いします。

×浪速スポーツセンター ⇒ 〇難波老人憩いの家2階

 

こんにちは、ワタルです。

12/14の日曜日、武颯塾大阪支部におけるセミナー、

武術で開く可能性の扉を開催します。

テーマは前回と好評だった前回と同じく、

「How to 脱力」です。

武颯塾がつくられた約20年前と異なり、

「脱力」という言葉自体は、

一部の武術修練者だけのものではなくなってきています。

力を抜いた方が良いということは、

より一般的に理解されるようになったと感じます。

ですが、理解はできても、それを実践できるかどうかはまた別の話。

とうすればより深く力が抜けるのか。

力が抜けるとどんな感じがするのか。

そういったことは、自分よりも力の抜けた人に触れないと、

残念ながら分かりません。

まだまだ実際に脱力を学ぼうと行動する人は少ないですが、

体験された方みなさんが口を揃えておっしゃるのが、

「触ってみなければ分からなかった」という言葉。

それまで想像していた脱力と実際のそれとの間には、

本当に大きな隔たりがあるのです。

ちなみに武颯塾では普段の修練においても、

単発での参加を受け付けてはいます。

その気になればいつでも、

本物の脱力に触れることは出来ます。

ただ、初めての場所に自分一人だけ、

全くの初心者として参加するのは、

さすがに抵抗感を感じるかもしれません。

けれども今回のセミナーは「一般公開」。

初めての方にも参加しやすいものになっています。

ですからぜひ、この機会に本物の脱力に触れて欲しいと思います。

参加してもらえたらきっと、

「触ってみなければ分からなかった」

と言いたくなりますよ♪

 

武颯塾大阪支部セミナー「武術で開く可能性の扉」

テーマ:「How to 脱力」

講師:茂呂 隆 茂呂 恵子 (武颯塾師範)

日時:2014年12月14日(日) 14:00~16:00 (13:30開場)

場所:難波老人憩いの家 2階

費用:3,000円

 

学びについて学ぶ

 

先日、卓球のIさんの全日本選手権出場祝いに、

軽く食事をともにした。

場所は三宮の北側にある酔坊という中華料理店。

リーズナブルな価格で、料理も美味しく満足のいくものだった。

その席で話題になったのが、

Iさんは最初から修練が面白いとか役に立つと思っていたのか?

ということ。

 

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脱力というよくわからないものに対する抵抗は、

ほぼ間違いなくあったはず。

おそらく1回や2回の体験をしても、

修練の意味は理解できなかったと思う。

実際に彼自身、最初の頃は何をしているか分からなかったと言ってた。

特に、学んだ事をどう卓球に活かすかが難しかったそう。

でも、修練には定期的に参加し続けてきた。

そこにはもちろん卓球が上手くなりたいというモチベーションの高さも含まれている。

が、それだけではない何かがある。

彼自身の言葉によれば、

「最初から面白さが分かるはずがないと思っていたから、

面白さが分かるまでやろうと決めていた。

だから、よくわからない間も言われた通りに修練した。

そうしていると、修練でやったことが何ケ月か後になって、

あ、そういうことかと分かる事が増えてきた。

さらには試合中のどうしようもなくなったときに、

修練の内容を取り入れる事で自分を立て直すことが出来た。

そういう経験が積み重なることで、

徐々に面白さが理解できるようになった」

ということらしい。

 

この話には、何かを本当に学ぶ上で必要な心構えが含まれている。

それは、今の自分では理解できないという前提を受け入れること。

なぜなら、話を聞いてすぐに納得できる事や、

ちょっと練習してできることは、

本当の学びにはなり得ないから。

だってそんなの、知ってるか知らないかの違いしか無い。

そこはグーグルにでも任せておけばいい。

私達が時間と費用と労力をかけて学ぶべきは、

学びそれ自体が自分を成長させてくれるもの。

すぐに、誰にでも出来るインスタントなHow toは、

本当の学びとは呼べない。

自分を成長させてくれるものは当然、

今の自分にはすんなりと受け入れられない。

けれどもそれを前提として学び続けたとき、

簡単には真似の出来ない結果が付いてくる。

それまでの自分には見えなかった景色が見えてくる。

Iさんはおそらくこのことを理解していた。

だから、当初に期待していた以上の結果を、

修練から得ることが出来たのだと思う。

 

上から目線で偉そうなことを書いた私自身も、

この学びへの姿勢を忘れずに日々の修練を続けたい。

そんなことを考える良い機会だった。

 

自分のカラダから手を引く

 

こんにちは、ワタルです。

今日は、「自分のカラダから手を引く」ということについて書きます。

これは「脱力」という修練の本質に連なるものであると同時に、

自分が本来持っている能力に気づくための大きなヒントになる考え方です。

 

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最近の修練において、どういう感覚の時に上手く動けているかを考えると、

より自分で何かをやっている感覚が少ない時だと感じます。

自分で必死に掛けようとした技が掛からないのに、

何気ない感じで動いたら相手が倒れている。

武道をある程度やった人の多くが経験していることでしょう。

いや、特に武道に限った話ではないですよね。

私は中学、高校とサッカーをしていました。

ドリブルでスパッと相手を抜けた時や、

スルーパスをストンと通せた時などは、

今思えば同じような感覚だったと思います。

必死に動いたフェイントがバレバレだったのに、

咄嗟に出した動きには相手が勝手につられてしまう。

そんなことが、ごく稀にあったことを覚えています。

ただ残念なことに当時の私には、

それを再現するための方法論がありませんでした。

 

武颯塾に入門した当時も今も、

私自身には運動のセンスと呼べるようなものはほとんど無いと感じています。

ただ、幸いなことに師範から技を掛けてもらう機会を多く頂いたことで、

「本来の力がどういうものか」

ということを何度も経験できました。

そしてそれを少しずつ理解するにつれて、

「あの時」何が起きていたのかが分かり始めたのです。

私のサッカーの例で言えば、

キーワードになるのは「咄嗟に」とか「勝手に」という部分。

つまり、「自分のアタマで考えてやってない」ということです。

自分の「アタマ」で考えて身体を動かそうとすると、

どうしても不合理な動きになってしまいます。

それは私たちが「力」というものを正しく認識できていないから。

けれども「カラダ」という物理的な存在には、

認識の有無に関わり無く物理法則が働いています。

ですから見えていない「アタマ」が余計な命令を出さなければ、

つまり「咄嗟に」とか「勝手に」動いた時、

「カラダ」はその物理法則に沿った動きを行うのです。

 

だとすれば、普段から「咄嗟に」とか「勝手に」動ければ、

それはかなり合理的な動きに近づけるわけです。

けれどもそれは、

普段の動きの中で狙ってできるものではありません。

思いがけない時に出るからこそ、

「咄嗟に」や「勝手に」という言葉がつくのですから。

そこで、より意図的に自分の関与を減らしていく、

カラダから手を引いていくことが、

上達への近道だと考えられるわけです。

でもコレって、今まで正しいと思ってきたことと、

人によっては間逆だと感じるかもしれません。

普通の運動においては、

より自分のカラダへの関与を増やす方向で練習します。

より強く、より速く、より正確に、より精密に。

そうやってカラダに対する自分の所有権をより確実なものにすることが、

一般的な意味での運動の上達だと思われています。

ところが脱力修練においては、まったく逆のアプローチを取ります。

自分のカラダから手を引くことで、

より「咄嗟に」「勝手に」出た動きに近づいていく。

そこには今まで考えられてきたような、

「センス」や「才能」は必要ありません。

ただ、意図的に力を抜いて動くことと、

その時に何が起きているかを感じることだけが求められているのです。

そういう意味では「運動が苦手だと思っている人」にもぜひ、

真剣に取り組んでみて欲しいと思っています。

 

全日本卓球選手権出場決定!!

 

こんにちは、ワタルです。

昨日、全日本卓球選手権の奈良県予選が行われ、

このブログにも何度か登場しているIさんが出場しました。

そして見事ダブルスで優勝!!

全日本への切符を初めて手に入れたのです。

以下、Iさんからの喜びのメールを転載します。

 

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”太谷さん、全日本ダブルスだけですけど通過しました!

ホンマに嬉しいです!

卓球してきて、修練参加してきてよかったです!

シングルは優勝した人にフルセットで早い段階であたって負けたんですが、

手応えありでした、来年はシングルも通過します!

本当にありがとうございます!”

 

よほど嬉しかったのでしょうね、

「大谷」を「太谷」と変換ミスしています(笑)

 

それはさておき、私も本当に嬉しく思います。

この2年と数カ月の間で身体の使い方も随分と変わってきました。

今週末には全日本社会人選手権もありますし、

来年1月には全日本卓球選手権。

とてもワクワクしますね♪

こうやって楽しみを分けてもらえるのですから、

私も一緒に修練してきて本当に良かったです。

 

Iさん、おめでとうございます!!