なぜ、「脱力」が必要なのか?

 

こんにちは、ワタルです。

今回は、なぜ脱力が必要なのかというテーマです。

「肩の力を抜きなさい」とか、

「もっとリラックスした方が良い」とはよく言われることです。

スポーツをやっている方ならなおさらだと思います。

監督やコーチ、トレーナーや親からよく出るアドバイスですよね。

だけどそもそも、

「なんで力を抜くのかが分からない」

というのが、言われた本人の実感だと思うのです。

分からないから出来ないし、そもそもやろうと思えない。

納得できないことをやらないのは当たり前ですよね。

ここで偉そうなことを書いている私自身がそうでした。

でも、今ならわかります。

力は抜いたほうがいい。

なぜか。

 

力を抜けば力が出る

といわれても、そもそも力んでいると力が弱くなるということが納得できないですよね。

とりあえず理屈だけ説明しましょう。

力むと筋肉は固くなります。

筋肉は縮むことと伸びることで動きを作り出します。

ですから筋肉が固くなると、スムーズな動きが出来なくなります。

要はサイドブレーキを引いたままアクセルを踏むようなもの。

これでは強い力が出なくて当然ですよね。

もう一つの理由は体重をうまく使えないから。

力んで身体が固くなると、体重をスムーズに移動させることが難しくなります。

その結果、腕なら腕、脚なら脚だけの力で動作を行ってしまうのです。

けれども力を抜いて身体が緩むと、体重移動そのものが楽に行えるようになります。

その結果、体重の乗った強い力が出せるのです。

 

確認方法

全身に力をギュッと入れたまま歩いてみて下さい。

ふくらはぎ、太腿、お腹、腰、胸、背中、肩、腕、手、首と、

思いつく限りの場所に力を込めて歩いてみましょう。

おそらく、というか間違いなく、歩きづらいですよね。

そこで今度は力を抜いて、普通に歩いてみて下さい。

格段に楽になったはずです。

力を抜いたほうがいいというのは、単純にこういうことなのです。

まずは歩くという「体重移動」がしやすくなるということが理解できたと思います。

 

体重移動を力に変える

ただ、ほとんどの人は最初、力を抜いたら弱くなります。

それはなぜかというと、体重移動を力に変えることができないからです。

そのため、どうしても何かしようとしたときに力んでしまう。

これは仕方のないことで、だから繰り返し練習する必要があるのです。

その時の注意ポイントとしては、

・絶対に力まないこと

・下向きの力から練習すること

・骨盤から動くこと

などが挙げられます。

目的は、自分の数十キロの体重を効率よく力として扱うこと。

その効率が上がるにつれて、力む必要が無いことがより深く理解できるでしょう。

 

 

終戦記念日を祝日にしない理由(日航機墜落事故と山の日)

 

こんにちは、ワタルです。

今回は、終戦記念日を祝日にしない理由について考えてみます。

もちろん脱力をテーマとしてですが。

今年、「山の日」という新たな祝日が8月11日と制定され、

H26年から施行されます。

わざわざ8月11日に新しい祝日をつくるくらいなら、

いっそ8月15日の終戦記念日を祝日にすればいい。

と思ったのがこの記事を書くきっかけです。

ただ、書いているうちに少し違うアイデアが浮かびました。

「粛日(しゅくじつ)」という新しい概念をつくって、

8月12日と8月15日をそれにあてるべきではないかと。

 

なぜ終戦記念日を祝日にしないのか?

これにはいくつかの理由が考えられますが、

これまでもっとも一般的だと思われた理由はこれでしょう。

「もともとお盆はみんな休んでいるから」

そう、わざわざ祝日にしなくても、

多くの企業でお盆は休みになっています。

多くの手間と費用をかけて祝日にしても、

それに見合う経済的な効果が見込めない。

だからあえて終戦記念日を祝日にしなくてもいいのではないか。

と、これまでならそう考えるのが自然でした。

ところが。

 

8月11日は山の日?

「山の日?」とクエスチョンマークをつけたくなるのが、

今年制定された8月11日を祝日にするという法律です。

7月に海の日があるし、8月は山でいいかといういかにも安直な感じがしますw

いや、名前は別に何でも構わないのですが、

問題は8月11日という日付の方です。

(名前も実は重要です。後でわかります)

15日のお盆ほどではなくても、

現時点でかなりの企業が休みにしていると思われます。

それにカレンダー上休みではなくても、

お盆に合わせて有給休暇を取ることにそれほどの抵抗はないでしょう。

休むことにある程度の社会的認可が得られている。

そんな日を祝日にしてもメリットが少ないことは、

上に書いた通りです。

 

敗戦を受け入れられない人々

唐突ですが、今の日本を動かしている政治家の人たちはまだ、

「敗戦を受け入れられない」のでしょう。

これは中国や韓国に対する戦後補償の問題にもあらわれています。

私は正直なところ、この問題について中国や韓国が言っていることは、

納得のいかない部分が多いと感じます。

ただ、そんな言い掛かりに近いことを言われる状況をつくったのは、

敗戦を受け入れられない日本の政治家たちだと思っています。

戦後補償の責任をODA(経済開発援助)などというあいまいなカタチにしたことで、

それを逆手に取られる状況になっている。

敗戦を受け入れずに問題を先送りした結果、

こじれにこじれたのが今の日中韓の関係だと言えます。

そしてこれと同じメンタリティーを、

「終戦記念日」ではなくあえて「山の日」を、

しかも「8月12日」を祝日とした人たちから感じるのです。

 

受け入れることの難しさ

偉そうなことを書きましたが、

「受け入れる」ということは重要であると同時に困難でもあります。

武術における「脱力」が難しいのも、

このことが大きな要因だと感じています。

けれども。

相手からの様々な刺激を受け入れる。

刺激に対する自分自身の反応を受け入れる。

それによってしか、刻々と変わる状況に対する合理的な対応は出来ません。

もちろんそれが難しいから、日々修練をするわけですが。

戦後処理の話に戻れば、

敗戦を受け入れて補償を行っていた方が、

その時は大変でも長期的にはメリットがあったはずです。

少なくとも今のように中国に際限なくODAを垂れ流すようなことはないでしょう。

確かに何らかの形で「当時」を知る人達にとっては、

戦争に負けるということは受け入れがたいものだと思います。

だからこそ、敗戦というものの受け取り方を変える必要がある。

「負けた」ということを受け入れた上で、

「終戦記念日」を、「戦争に負けた日」ではなく、

「平和を取り戻した日」と捉えなおすのです。

 

新しい枠組みで捉えなおす

これは、受け入れ難きを受け入れるためのコツだと思います。

終戦記念日を祝日にできないもう一つの理由として、

多くの方が犠牲になった戦争に関係する記念日に、

「祝」の字はそぐわないというものもあります。

「山の日」が当初、8月12日に決まりそうだったところ、

一部の議員から「日航機墜落事故の日を祝日にするのはどうか」という声が上がり、

8月11日に制定されたという経緯においても同様です。

でも「祝」の字がそぐわないなら、字を変えてしまえば良い。

国民の休日が「祝日」という名前である必要なんてどこにもないのだから。

休日というもの自体を別の枠組みで捉えなおすのです。

例えば「粛日」というのがあっても良いのではないか?

その日一日を、戦争や事故の犠牲になった方々をおもいながら粛々と過ごす。

別に祝いの日だけが休日でなくても良いのです。

それに、何の意味があるのかと言いたくなる「山の日」という名前も、

8月12日であれば話は別です。

8月12日の山といえば「御巣鷹山」を思い出さざるを得ない。

であれば「山の日」を8月11日に制定するくらいならいっそ、

日航機墜落事故の8月12日に「粛日」として制定する。

おなじく「終戦記念日」も8月15日に「粛日」として制定する。

そして、同じ過ちを繰り返さない決意を新たにする。

こちらの方が断然スッキリすると思うのです。

 

骨盤の動きで地面からの力を使う

 

こんにちは、ワタルです。

今日は、骨盤を自由に動かす修練について書きます。

武颯塾の基本的な修練の一つに「骨盤旋回」があります。

これは文字通り、骨盤を立体的に回す修練です。

立体を構成するためには縦・横・高さの3つの軸が必要ですが、

骨盤旋回も同様に3つの軸の周りを骨盤が回るように動かします。

この単純な動きを修練することで得られる効果が今日お伝えしたいことです。

 

骨盤旋回のやり方

まずは骨盤が回るための3つの軸について説明します。

1つ目は「独楽軸(こまじく)」といい、

立位において頭の天辺から両足裏のちょうど真ん中までを、

縦に貫いている軸のことです。

2つめは「滑車軸(かっしゃじく)」といい、

骨盤の真ん中を前後に貫く軸のことです。

3つ目は「車軸(しゃじく)」といい、

同じく骨盤の真ん中を今度は左右に貫く軸のことです。

これら3つの軸の周りを骨盤が回るように動かすことが、

骨盤旋回の最も基本的なやり方になります。

 

骨盤旋回を行う上での注意点

一人で骨盤を動かしていると、案外簡単だと思うかもしれません。

ですがもう一人に骨盤を軽く触ってもらうことで、

自分の動きがどのようなものかわかりやすくなります。

実際、骨盤で正しく円を描ける人はほとんどいません。

特に滑車軸や車軸を中心に骨盤を回す動きについては、

日常生活で行うことがまずないです。

人に触ってもらったりあるいは人を触ることで、

いかにぎこちない動きをしているかがわかります。

出来れば2人一組で行うようにすると効果が出やすいです。

もう一つ大きな注意点ですが、

膝を動かした結果として骨盤の動きを出すわけではありません。

滑車軸や車軸の回転については膝の動きも必要なのですが、

あくまでそれは「骨盤が動いた結果」としての膝の動きなのです。

膝のリードを使わずに骨盤を動かそうと思うと、

必然的に腹背や股関節の動きが重要になってきます。

ここに注意しながら行うことで、さらに効果が上がります。

 

骨盤旋回の効果

骨盤を3つの軸を中心に正しく円を描くように動かすことで、

次のような効果が得られます。

1.地面からの力を使えるようになる

2.腰痛の改善

3.シェイプアップ

詳しく見ていきましょう。

 

1.地面からの力を使えるようになる

運動という観点からみると、これが一番大きな効果です。

野球のバッティングやボクシングのパンチだけでなく、

さまざまなスポーツにおいて「体幹」や「下半身」の重要性が言われています。

ですが、ただ「体幹」や「下半身」を闇雲に鍛えても、

それはあくまで自分の「筋力」の範囲でしか力を出すことができません。

しかもそれで腕を使うとなると「腕の筋力」という制限が加わります。

骨盤旋回に習熟することで得られる力は自分の「筋力」の制限を取り外すものです。

骨盤が動くことによるカラダの中の「圧力」の変化を力として使うからです。

そしてその圧力の変化は、地面との関係において生じるものです。

ですから骨盤を動かすことで力を発揮すると、

主観的には「地面からの力を使った」ように感じられるのです。

 

2.腰痛の改善

骨盤旋回を正しく修練することで、腰痛の改善にもつながります。

なぜなら骨盤できれいな円を描こうとすれば、

どうしてもお腹や腰周り、股関節を緩めなければならないからです。

多くの場合はこのあたりの固くなっている部分が邪魔をして、

いびつな円しか描けないことでしょう。

でもそれを意識して注意深く行うことで、

自分のどこが固いのかが分かるようになります。

その固い部分を緩めていくことできれいな円を描けるようになるし、

結果として腰痛も改善されるというわけです。

 

3.シェイプアップ

これも腰痛の改善と理由はほとんど同じなのですが、

普通の生活においてお腹や腰周り、股関節を主体的に動かすことはありません。

ウォーキングやジョギングをしている人を見ていると、

たしかに腕や脚は良く動いています。

しかしお腹、腰周り、股関節といった部分はほとんど動いていません。

「運動しているわりに脇腹や下腹の肉が落ちない」

という話をよく聞きますが、

早い話がそこは動いていないのです。

骨盤旋回はそんな普段動かさない場所を集中的に動かすので、

落ちにくい脇腹や下腹の肉が取れてシェイプアップにつながるのです。

 

最後に

骨盤旋回に限らず、「正しい身体の動かし方」は一人で学ぶことが困難です。

興味のある方はぜひ一度、武颯塾に足を運んでみて下さい!!

 

P.S.

もっと多くの方に来て頂いて、
より幅広く学べる環境。

さまざまな取り組みをされている人たちが、
「脱力」というキーワードで交流できる場所。

武颯塾大阪支部と神戸修練会を、
そんな場所にしていきたいと思っています。

このブログを読んで興味をお持ちでしたら、
ぜひ、ご連絡ください。

修練参加でも、質問でも何でも結構です。

ピンとくるものがあれば、
遠慮なくメールをください。

musou-tensei@eurus.dti.ne.jp

楽しみにしております!!

 

macpac tuatara25(マックパック トゥアタラ25)

こんにちは、ワタルです。

先日、少し遅れの誕生日プレゼントを買ってもらいました。

それが上の写真にあるリュック、

「macpac tuatara25」

です。

macpacというのはニュージーランドのアウトドアメーカーで、

tuatara25というのがモデル名です。

「25」という名前が示す通り、容量は25リットル。

普段使いでも違和感のないサイズで、しかも少し大きめの荷物も入る。

買ってもらったばかりですけど、随分と重宝しています。

というわけで今回は、このリュックについて詳しく紹介したいと思います。

 

リュック選びのチェックポイント

まず、私がこのリュックを選んだ経緯についてですが、

購入に当たってはいくつかのチェックポイントがありました。

 

1.容量

「普段使いながらも、2泊3日の武術合宿に参加できる」という、

随分ワガママな希望をもってました。

具体的には、道着、2日分の着替え、バスタオル1、タオル1、手ぬぐい1と、

その他こまごまとしたものが入る大きさが必要でした。

 

2.小物の収納

普段使いにおいて重要なポイントは「小物がスッキリと収納できる」です。

財布、手帳、携帯、ティッシュ、筆記用具などが、

すぐに取り出せるように分かりやすく収納できることも、

リュック選びの大切なポイントです。

 

3.荷物の取り出しやすさ

ある程度容量の大きなリュックになると、

「底の荷物が取り出しにくい」

という問題がでてきますよね。

わざわざ上の荷物を一旦外に出さないと、

底の荷物を取り出すことができない。

この問題を出来る限り解決したリュックを求めていました。

 

4.機能性

リュックとしての機能も大切な評価ポイントです。

わざわざアウトドア用のリュックを買う理由は、

やはり高機能であることを求めていたからです。

特に身体へのフィット感や、荷重の配分は重要ポイントです。

 

5.デザイン

リュック選びのポイントとして最後に挙げるのは「デザイン」です。

やはり何と言っても「見た目」が気に入らないと、

使いたくはないですからね。

 

チェックポイント毎の採点結果

以上5つのポイントから買ってもらうリュックを選んでいた時に、

最終候補として残ったのが、

「macpac tuatara25」「Gregory コンパス30」
でした。

それぞれのリュックの各チェックポイントにおける評価は次の通りです。

(☆5つを満点とします)

 

1.容量

macpac tuatara25:☆☆☆☆

Gregory コンパス30:☆☆☆☆☆

普段使いとしては25リットルで必要十分なのですが、

合宿参加を考えると30リットルあった方が安心。

 

2.小物の収納

macpac tuatara25:☆☆☆☆☆

Gregory コンパス30:☆☆☆☆☆

どちらもリュックとしては最大限、

ポケットの仕分けに工夫がされていると思います。

(以下、写真は全て macpac tuatara25のものです。)

macpac tuatara25

 

3.荷物の取り出しやすさ

macpac tuatara25:☆☆☆☆

Gregory コンパス30:☆☆☆☆☆

最終候補をこの2つのリュックに絞ったのは、

どちらも荷物が取り出しやすい構造になっていたからです。

特にGregory コンパス30においては、

背中に触れる部分が丸ごと開くのが魅力的でした。

macpac tuatara25も他のリュックよりも開口部が大きく取られているのが、

購入の決め手の一つになりました。

macpac tuatara25

 

4.機能性

macpac tuatara25:☆☆☆☆☆

Gregory コンパス30:☆☆☆

どちらも荷物を詰め込んだ時にカラダにフィットして、

荷重をうまく分散してくれるように感じました。

ただ、背中に当たる部分や肩ベルトのクッションは、

macpac tuatara25の方がしっかりしたものを使っています。

あと、腰周りのベルトもmacpac tuatara25にはありますが、

Gregory コンパス30にはありませんでした。

また、細かいところに感じるかもしれませんが、

macpac tuatara25のファスナーがとてもスムーズに開閉できたのが、

私にとってはポイントが高かったです。

Gregory コンパス30に限らず他のアウトドアリュックと比べても、

断然開け閉めがしやすかったので。

macpac tuatara25

 

5.デザイン

macpac tuatara25:☆☆☆☆☆

Gregory コンパス30:☆☆☆☆

これは好みの部分と使用目的の部分が大きいのですが、

macpac tuatara25の方が背負った時にスッキリ見えました。

もちろん5リットルのサイズの違いもあるので単純な比較はできませんが。

macpac tuatara25のもう一つのデザインの特徴は「生地」にあります。

「アズテック」というナイロンとコットンの混紡繊維を使っていて、

普通のナイロンと比べてとてもしっかりとした生地感になっているのです。

この生地には防水機能もついており、

macpac tuatara25を選ぶ大きな理由になりました。

macpac tuatara25

 

総合評価

macpac tuatara25:☆☆☆☆☆

Gregory コンパス30:☆☆☆☆

本当に迷ったのですが、

最終的には容量よりも機能性とデザインを優先してmacpac tuatara25を選びました。

ただどちらも良い作りであることに間違いはないので、

これからリュックを購入される方は候補として検討する価値がありますよ。

 

ガザ地区、イスラエル、紛争の原因

 

こんにちは、ワタルです。

今回は、最近ニュースで話題になることの多い、

「ガザ地区」と「イスラエル」について考えてみます。

なぜ、「ガザ地区」と「イスラエル」の間では、

今回のような紛争が後を絶たないのか。

どうすれば円満とは言わなくてもお互いに妥協点を見つけられるのか。

そういったことについて、

少なくとも自分なりの意見や見解は持っていたいと思うのです。

そこで、分かりやすく考えるために「部活動」を例にしてみました。

 

 

民族紛争の最大の理由

ちなみに大学を卒業するまで5年かかった私ですが、

「民族紛争」に関係する講義は興味深く、

一番前の席で聴いていたのを思い出します。

当時、立命館大学で「民族と国家」という講義をされていた南野先生によると、

世界各地で民族紛争が起きている最も大きな理由の一つは、

「国民国家」

というシステムにあります。

これは英語で書くと、

「nation-state(ネイション=ステイト)」

となり、おおざっぱに言えば文字通り、

「ネイション」イコール「ステイト」となるような国の在り方を指します。

「ネイション」とは、

「地縁・血縁・言語や文化の同一性に基づく人々のグループ」

であり、おおむね「民族」のことだと思ってください。

それに対して「ステイト」とは、

「政治的・地政学的・法律的に定められた人々のグループ」

であり、いわゆる「国」にあたります。

見方を変えれば「ネイション」とは多分に感情的なものであり、

どちらかといえば主体的なものだと言えます。

逆に「ステイト」とは基本的に理性的なものであり、

本来は受動的なものです。

(※いわゆる「ナショナリズム」とは、

この「ネイション」に向けられる感情的一体感を、

「ステイト」に向けるよう誘導されたものだと言えます。)

中学校や高校の部活動を例にすると、

自分がやりたくて入った部活動は「ネイション」、

学校の都合で決まった部室や練習場所は「ステイト」になるでしょうか。

そして、世界中の民族がそれぞれ「自分たちの国を持ちたい」と願うこと。

部活動で言えば「自分たちだけの部室や練習場所が欲しい」と願うこと。

この「民族自決の願い」こそが、

民族紛争の最大の理由になるのです。

 

ガザ地区とイスラエルの場合

今回の「ガザ地区」「イスラエル」について言えば、

今、イスラエルがあるパレスチナという地域には、

元々パレスチナ人が住んでいました。

第二次世界大戦が終わって3年後の1948年、

その大部分にユダヤ人がやってきて、

イスラエルをつくりました。

その時にパレスチナ人に残された部分が、

「ガザ地区」及び「ヨルダン川西岸地区」と呼ばれる地域であり、

イスラエルが出来たことにより土地を追い出されたパレスチナ人が、

「難民」として大勢移り住んでいます。

しかしこの両地域に対してもイスラエルは占領政策を採り、

一般のユダヤ人を入植者としてそこに移住させ続けています。

つまり、イスラエルはパレスチナという地域の大部分を横取りしただけでなく、

残った部分についても自分たちのものにしようとし続けている。

当然、パレスチナ人はそれに対して抵抗する。

これが現在のイスラエルとパレスチナにおける問題の概要です。

これも部活動を例にして考えてみましょう。

今まで学校のグラウンドはサッカー部が使っていて、

野球部は近くにある市営の球場で練習していました。

ところが市営の球場が急遽閉鎖されて、野球部は練習場所が無くなったのです。

困った野球部は学校のグラウンドにやってきて、

「ここは元々俺たちが使っていたグラウンドだから、サッカー部は出ていけ!!」

と言って練習を始めてしまった、という感じになるでしょうか。

(サッカー部や野球部はあくまでも例ですw)

 

イスラエルが強硬な姿勢を続ける理由

ここまでを読むとイスラエルの横暴ばかりに目が行くと思いますが、

その背景には迫害を受け続けたユダヤ人の歴史があります。

ナチスドイツのホロコーストに限らず、

基本的にキリスト教社会であるヨーロッパにおいて、

ユダヤ教徒であるユダヤ人は異端でした。

そんな彼らにとっての自分たちの国を持ちたいという、

「民族自決の願い」は相当に切実なものだった。

その切実さが、現在のイスラエルの強硬な態度に表れているのでしょう。

過去の迫害の歴史が、新たなる迫害を生んでいると言えるかもしれません。

部活動の例で言えば、学校の外で練習していた野球部は、

市営球場の利用が多数の申し込みによる抽選だったため、

試合が近づいても満足に練習できないことがたびたびありました。

そんな野球部から見れば、学校のグラウンドを自由に使っているサッカー部が、

うらやましくて仕方がないことでしょう。

それに実は野球部はサッカー部よりも先に出来たので、

元々グラウンドは野球部が使っていたのです。

だから市営球場が使えなくなった今、

グラウンドを使う権利は野球部にあるはずだと考えたのです。

 

紛争をやめる為に必要なこと

「パレスチナ問題」というキーワードでウィキペディアを検索すると、

大量の記事が出てきます。

そしてその大半が「やられたからやり返した」というものばかり。

正確には、「やられた、やり返した、やめた」という感じでしょうか。

この「やられたら、やり返す」という意味の言葉が、

1年ほど前に日本でもはやりましたよね。

テレビドラマ「半沢直樹」の「倍返し」というアレです。

ドラマが大ヒットした理由の一つにこの「倍返し」の気持ちよさがあるように、

おそらく「復讐」という行為には、

それをせずにはいられないほどの「カタルシス」が伴うのでしょう。

加えて大きなポイントになるのが「倍」という点です。

誰かに叩かれた場面をイメージしてみればわかると思うのですが、

仕返しする時って、絶対最初の一発よりも強く、あるいは多くを叩き返しますよね。

だってそうしなければ「スッキリ」しないから。

それに対して相手はほとんどの場合、さらに強く、多くを叩き返してくる。

そう、「スッキリ」するために。

きわめて卑近な例を出しましたが、紛争においても同様の心理作用が、

比較にならない程の大規模で働いていると考えられます。

「やられたら、やり返す」

この心理作用を取り除いて考えることができれば、

パレスチナ問題においても解決すべき点が見えるはずなのです。

そしておそらくそれはとても単純なことで、

「どこにユダヤ人が住み、どこにパレスチナ人が住むか」

という現実的な交渉になるでしょう。

野球部とサッカー部でグラウンドの使い方を協議するのと同じです。

「ここからここまで」というように場所を区切るのが一般的ですが、

「いつからいつまで」という時間を区切るやり方もあります。

歴史的に見ると「香港」がその例ですよね。

もちろん民族問題と部活動の問題を同じレベルでは解決できませんが、

いずれも人と人との問題である以上、基本的な考え方は同じはずです。

「やられたら、やり返す」

世界も、私個人も、この心理作用からどうやって抜け出すか。

本当に大切な課題だと強く感じます。

 

「重力感覚」による身体認識への移行

 

こんにちは、ワタルです。

今日は、「重力感覚による身体認識への移行」について書きます。

上の絵は、地球上すべてに働いている重力のうち、

自分に働いている部分を手掛かりとして、

身体を認識しているというイメージです。

 

何を手掛かりとして自分の身体を認識し、動かしているのか

これが、最近の修練において重要だと感じていることです。

この、自分の身体を認識するための手掛かりには、

幾つかのものが考えられます。

もちろん「視覚」、つまり見えていることによる自己認識もありますが、

ここではそれ以外の手掛かりについて考えていきます。

 

身体認識の手掛かりになり得る感覚

一つは、「触れている」という感覚。

例えば立っている時の足裏や、物を持っている時の手のひら。

座っている時のお尻や背中、寝ている時であれば布団に触れている部分すべて。

こういった、何かに「触れている」感覚があるところについては、

まちがいなく「自分の身体」だと思えるわけです。

 

次に考えられるのが、「温かい」あるいは「冷たい」という感覚。

冷え性で足がよく冷えるという方にとっては、

その冷えている感覚があるところは間違いなく自分の足だと感じられます。

逆にのぼせやすい人だと、頭や顔の温かい感覚によって、

それが自分の頭や顔だとハッキリわかるでしょう。

 

3つ目としては、「痛み」が挙げられます。

例えば胃腸の調子が悪い時、普段よりもはっきりと胃の存在を感じますよね。

腰やひざが痛くても、同じことが言えます。

 

最後に挙げられるのが、「力み」の感覚です。

上の3つ以外(視覚も除く)で自分の身体を感じる最も確か(だと思える)手掛かりが、

「力が入っている」という感覚です。

おそらく私自身も含めたほとんどすべての人が、

この「力み」の感覚によって自分の身体を認識しているでしょう。

 

身体運動における手掛かり

その時々の状況によって優先順位は変わってくるにしても、

以上4つの手がかりによって、人は自分の身体を認識しています。

そして「運動」という場面においては、

「触れている」感覚と「力み」の感覚が主な手掛かりだといえます。

だから私たちが身体を動かす時には、

これら2つの感覚を動かそうとしているのです。

これではリラックスなんて出来るわけがない。

「肩の力を抜きなさい」

と監督やコーチに言われても出来ないのは、

「肩の力を抜けば、どこを動かしていいのかわからなくなるから」

なのです。

そして同じことが、「脱力」を修練している私自身にも言えるわけです。

 

「重力感覚による身体認識への移行」

残念ながら私たちは、刺激が無ければ自分の身体を認識することは出来ません。

光の刺激(視覚)や圧刺激(触れた感覚・力み感覚)、

痛みや熱といった刺激を感じることで自分の身体だと感じているわけです。

そこでこれら以外の刺激、しかもいつでもどこでも同じように存在する刺激があれば、

そしてその刺激を手掛かりとして身体を認識することができれば、

力むことなく合理的に身体を動かすことができるのではないかと考えられます。

その、なんとも都合の良い刺激こそ「重力」です。

少なくとも地球上にいる限りはいつでもどこでも同じように作用する重力。

この力を手掛かりとして自分の身体を認識すれば、

原理上、力むことは全く必要なくなります。

「下に引かれている感覚」自体を自分の身体だと感じられれば、

ただその感覚を動かせば身体が動くのですから。

そうやって動いた感覚は、

おそらく今までの運動感覚とは全く違ったものになるでしょう。

楽に軽々と動いているのに、ものすごい大きな力が発揮される。

「重力感覚による身体認識への移行」は、

私達の身体運動の次元を大きく変えてくれると期待しています。

 

 

P.S.

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脱力・練気武颯拳についての参考にコチラもどうぞ

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