インサイド・アウト


多くの方にとっては今さらな感があるとは思いますが、
こんな本を読み始めました。

まだ途中なのですが、
とても素晴らしい内容だと感じています。

そこで少しずつですがこのブログにも、
私の読書レポートを載せていきます。

7つの習慣―成功には原則があった!」というタイトルですが、
第一の習慣の前に「パラダイムと原則」について書かれています。

「パラダイム」とは、簡単に言ってしまうと、
「今持っているものの見方、考え方」です。

ものの見方や考え方ですので、
当然、人によって異なります。

それに対して「原則」とは、
「客観的な現実」「自然の法則」のことです。

ですから、人がどう見てどう感じようが、
それに左右されることがないのが「原則」です。

本文中では、「原則」を実際の土地として、
「パラダイム」をその土地の地図としてたとえています。

その土地の実際と近い地図を持っていれば、
目的地にはたどり着きやすいけれども、

全然違う土地の地図を持っているとしたら、
到底目的地にはたどり着けません。

それと同じように、
「パラダイム」もより「原則」に近いものが必要である、
というのがここでの主旨です。

まちがった地図を使いながら必死に走り回るのではなく、
まずは正しい地図を手に入れるための努力をする。

自分の持っている「パラダイム」を、
より「原則」に近づくよう変えていく。

このことこそが、
真の成功への道だと説いています。

「世界を変えたければ、まずは自分を変えよ」

インサイド・アウトとはそういうことだと、
私は理解しました。

(以下、次回へ右矢印

2011.10.6修練日誌(続き)

10月6日の武颯塾大阪支部における修練内容の続きです。

練気武颯拳

今月のテーマは「寝技」です。

まずはウォーミングアップ代わりに、
仰向けに寝た状態から単独で打突や蹴りを放つ修練をしました。

次に、二人一組になって、
片方が仰向けに寝て、もう片方が馬乗りになります。

この状態から、寝ている側が肘打ちをしました。
まずは当たらないように気を付けながらひたすら連打!!

次は、肘を両手で押さえられたところから、
重みを使って打ち出します。

そして最後は、馬乗りの相手との打ち合いです。
マスボクシングをグラウンドでやる感じですね。

そしてここから、
「武颯拳」らしい寝技の修練へと進みました。

まずは「寝養体」のチェックからです。

膝を立てて後ろに手をついて座った状態で、
肩口を横から押してもらいます。

動かなければ、押される側の手足を浮かせて押してもらいます。
ここまでは普段修練していればそんなに難しくはありません。

次に押される側と反対の手足を浮かせました。
これは随分と不安定になりました。

相手に近い側の手足とお尻で地面を支えるのですが、
むしろ両手を浮かせて、片足とお尻で支えた方がやりやすかったです。

「寝養体」の最後は両手足を浮かせた状態で押してもらいます。
これは修練中には感覚が取れずにクルクルと回ってしまいました。

これはしっかりと修練しなくてはなりません!!

次はこの「寝養体」横押しの修練を変形させて、
押される力を利用して相手の上に乗ってしまう動きを修練しました。

相手の力を途切れさせることなく使い、
相手が作り出した流れに乗ってポジションを入れ替えるのです。

「流れを切らないで動く」というのは、
武颯拳においてとても重要なポイントの一つです。

他にも、馬乗りになられた状態からポジションを入れ替えて足を取ったり、
合気道で言う起座の状態から相手を転がして上を取るような修練をしました。

割合スッとできるものもあれば、
ほとんど掛かっていないものもあったのですが、

いずれも、「流れを切らないで動く」
という感覚を身に付けるための修練だったように思いました。

私自身の問題点は以下の通りです。

・動きに慣れていないため、重みや合成重心の感覚が薄い
・硬い床に対して脱力して転がることができていない

次回はこれらに注意しながら修練したいです。

以上、2011.10.6修練日誌でした。

2011.10.6修練日誌

10月6日の武颯塾大阪支部における修練は以下の通りでした。

陳式太極拳老架式

「小禽打」という技法を修練しました。

左脚前で右拳を前に突き出した「逆突き」の状態から、
腕の力を抜いて左脚に完全に乗り切ります。
その時、重心移動の結果として右脚が左脚の傍に寄せられます。

次に、左脚の重心を右脚へ踏み替えます。
この右脚の踏みが、「勁」として両手に伝わることで、
手が体の前に上がってきます。

最後に、左脚から前に移動しながら、
「勁」の通った右手の指で突く動作をします。

チェックポイントは大きく分けると、

・右脚の踏み替えによる「勁」が両手先まで伝わっているか

・移動しながら突き出す際に「勁」が途切れてしまっていないか

の2点です。

ただし昨日の修練では、
「勁」を手先まで伝えるための「肘」の使い方を重点的にやったため、
それだけでかなりの時間を使いました。

茂呂師範からは、

「勁功をしっかりとやりこまないと、その先の気功・意功には進めない。」

「地面からの力を感じるよう、意識を向けて修練しなさい。」

とのお言葉をいただきました。

私自身が茂呂師範の技を受けて実感したことは、
やはり「末端は最後に動く」ということでした。

「勁」がしっかりと伝わることで、
手先は「勁」に動かされるのです。

今まで何度も言われていたことですが、
改めて意識しなおす必要を感じました。

練気武颯拳の修練については改めて書くことにします。

(以下、次回へ右矢印

習慣について考える(その3)

「習慣化」のためのヒントの2点目は、

「完璧を求めない、けれども0にはしない」

ということです。

どういうことでしょうかはてなマーク

例えば、いつも部屋が散らかっている人がいるとします。
その人は普段、まったくと言っていいほど片づけをしません。

脱ぎっぱなしの服や乱雑に置かれた雑誌などで、
足の踏み場がない状態です。

ですがある時、恋人が部屋に来ることになりました。
必死に断ったにもかかわらず、です(笑)

仕方なく、重い腰を上げて、
片付けに取り掛かりました。

そして、いよいよ恋人が部屋に来る日。
ドアを開けて入った恋人が見たのは…

話に聞いていたのとは打って変わって整理された部屋。
片づけが苦手とはとても思えない澄んだ空気。

そう、その人は片づけをすれば、
「徹底的にやる人」だったのです。

別に片づけが下手なわけではなく、
やりだすととことんまでやってしまうのです。

ですが、だからこそ、
片付けることが「しんどい」のです。

少しでも手を付けると、途中でやめられない。
だから、「まったく手がつかない」のです。

どうでしょう、
皆さんの中にも思い当たる方がいらっしゃいませんかはてなマーク

「完璧を求める」

がゆえに、

「まったく手がつかない」

これが、「習慣化」の最大の敵だと私は思います。
ということは、この逆を実践すればいいのです。

そう、

「完璧を求めない、けれども0にはしない」

ということですね。
とにかく少しでもいいので、毎日やる。

忙しくて、自分で決めた量が完璧にこなせないかもしれない。
でも、「ほんのちょっと」だけでも手を付ける。

この「ほんのちょっと」が、
明日につながるのです。

よかったら試してみてください。

皆さんが最高の気分で今日を過ごせますように音譜

習慣について考える(その2)


前回の続きで、
「毎日やる」「習慣化する」ために役立ちそうなことを2点、
書いていきます。

1点目は、

「毎日必ずやることの間に割り込ませる」

というものです。

このルールを自分で作ってしまえば、
基本的には毎日やるようになります。

なぜなら、
「毎日必ずやること」の間にやるからです(笑)

こうやって書くと、
当たり前すぎて怒られてしまいそうですが、

私自身はこのルールのおかげで10年以上、
360日/年程度は単独修練を続けられています。

ちなみに私の場合は朝ごはんを食べる前に修練をします。
いわゆる「朝飯前」というやつですね。

この場合は「起きる」ことと「朝ごはん」の間に、
「修練」を割り込ませているわけです。

まあ、修練と朝ごはんの間に朝風呂に入りますので、
正確には「朝風呂前」ということになりますが(笑)

手前味噌になりますが、
この「朝飯前」というのは「習慣化」を考えたときに、
もっとも合理的な方法の一つだと思います。

ほとんどの人にとって毎日必ずやることは、
「起きる」ことと「寝る」ことです。

日勤の人と夜勤の人で起きる時間は異なりますが、
「起きて寝る」ということに変わりはありません。

ということは、「習慣化」のためには、
「起きる」「寝る」を利用しない手はないのですビックリマーク

どちらを使った方が良いかは、
その人の生活習慣や習慣化したいことによって変わります。

私の場合だと朝に身体を動かしますので、
ゆったりとした動きからだんだんと早い動きにしていきます。

そうすることで、
心も体も活動状態にもっていくわけです。

これが夜寝る前にやるとなると、
やり方が変わってくるでしょう。

やはり、寝つきを良くして睡眠の質を上げるために、
少しずつリラックスが深まるような方法を採ります。

それぞれどちらが良いかは、
皆さんで試して、感じてみてください。

以上、「毎日やる」「習慣化」のためのヒントその1、

「毎日必ずやることの間に割り込ませる」

でした。

(以下、次回へ右矢印

習慣について考える(その1)


まだまだ未熟かつ非力ではありますが、
武術の修練を続けていてつくづく感じることがあります。

それは、「毎日やる」ということの大切さです。
言葉を変えると、「習慣化する」ということですね。

私自身、
練気武颯拳を始める前にも幾つかの習い事をしておりましたが、

基本的には週に1回か2回、
先生のもとでそれらの習い事をするだけでした。

もちろん趣味でやる分にはそれで全然かまわないです。
気分転換にもなりますし、やらないよりやった方がイイのです。

ですが、もっと踏み込んで、

「自分を変えてみようビックリマーク

とか、

「もっと成長したいビックリマーク

という気持ちでやる場合には話は異なります。

私の場合で言えば、
「師範が来られた時だけ修練する」のでは、
全然足りないのです。

毎日修練している人とそうでない人は、
一緒にやれば必ずわかります。

ですから、まずはほんの少しずつでもいいので、
「毎日やる」ということを考えてほしいのです。

…ところが、それが実は難しかったりしますよね。

というわけで、次回は「毎日やる」ためのヒントを、
私の思いつく範囲で書きたいと思います。

(以下、次回へ右矢印